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*신약 성경*/베드로 후서

05.12.[4개국어] 어두운 데를 비추는 등불, 하나님 말씀을 품는 삶 (베드로후서 1:12-21)

by 일본어강사 2016. 5. 12.

요미가나 일본어성경

ペテロの手紙(てがみ)第二(だいに) 一章(いっしょう)

[4개국어] (くら)(ところ)()らすともしび(かみ)のことばを(にぎ)生活(せいかつ)

(베드로후서 1:12-21) : http://www.cgntv.net/CGN_Player/player.htm?pid=27&vday=20120507

 

12. ですから、すでにこれらのことを知(し)っており、

現(げん)に持(も)っている真理(しんり)に堅(かた)く立(た)っている

あなたがたであるとはいえ、私(わたし)はいつもこれらのことを、

あなたがたに思(おも)い起(お)こさせようとするのです。

 

12. ○그러므로 너희가 이것을 알고 이미 있는 진리에 서 있으나 내가 항상 너희에게 생각나게 하려 하노라

 

13. 私が地上(ちじょう)の幕屋(まくや)にいる間(あいだ)は、

これらのことを思い起こさせることによって、あなたがたを

奮(ふる)い立たせることを、私のなすべきことと思っています。

 

13. 내가 이 장막에 있을 동안에 너희를 일깨워 생각나게 함이 옳은 줄로 여기노니

 

14. それは、私(わたし)たちの主(しゅ)イエス․キリストも、

私にはっきりお示(しめ)しになったとおり、

私がこの幕屋(まくや)を脱(ぬ)ぎ捨(す)てるのが間近(まぢか)に

追(お)っているのを知(し)っているからです。

 

14. 이는 우리 주 예수 그리스도께서 내게 지시하신 것 같이 나도 나의 장막을 벗어날 것이 임박한 줄을 앎이라

 

15. また、私(わたし)の去(さ)った後(のち)に、あなたがたが

いつでもこれらのことを思(おも)い起(お)こせるよう、

私は努(つと)めたいのです。

 

15. 내가 힘써 너희로 하여금 내가 떠난 후에라도 어느 때나 이런 것을 생각나게 하려 하노라

 

16. 私(わたし)たちは、あなたがたに、私たちの主(しゅ)

イエス․キリストの力(ちから)と来臨(らいりん)とを

知(し)らせましたが、それは、うまく考(かんが)え出(だ)した

作(つく)り話(ばなし)に従(したが)ったのではありません。

この私たちは、キリストの威光(いこう)の

目撃者(もくげきしゃ)なのです。

 

16. 우리 주 예수 그리스도의 능력과 강림하심을 너희에게 알게 한 것이 교묘히 만든 이야기를 따른 것이 아니요 우리는 그의 크신 위엄을 친히 본 자라

 

17. キリストが父(ちち)なる神(かみ)から誉(ほま)れと

栄光(えいこう)をお受(う)けになったとき、おごそかな、

栄光の神から、こういう御声(みこえ)がかかりました。

「これはわたしの愛(あい)する子(こ)、

わたしの喜(よろこ)ぶ者(もの)である。」

 

17. 지극히 큰 영광 중에서 이러한 소리가 그에게 나기를 이는 내 사랑하는 아들이요 내 기뻐하는 자라 하실 때에 그가 하나님 아버지께 존귀와 영광을 받으셨느니라

 

18. 私(わたし)たちは聖(せい)なる山(やま)で主(しゅ)イエスと

ともにいたので、天(てん)からかかったこの御声(みこえ)を、

自分自身(じぶんじしん)で聞(き)いたのです。

 

18. 이 소리는 우리가 그와 함께 거룩한 산에 있을 때에 하늘로부터 난 것을 들은 것이라

 

19. また、私(わたし)たちは、さらに確(たし)かな預言(よげん)の

みことばを持(も)っています。夜明(よあ)けとなって、明(あ)けの

明星(みょうじょう)があなたがたの心(こころ)の中(なか)に

上(のぼ)るまでは、暗(くら)い所(ところ)を照(て)らす

ともしびとして、それに目(め)を留(と)めているとよいのです。

 

19. 또 우리에게는 더 확실한 예언이 있어 어두운 데를 비추는 등불과 같으니 날이 새어 샛별이 너희 마음에 떠오르기까지 너희가 이것을 주의하는 것이 옳으니라

 

20. それには何(なに)よりも次(つぎ)のことを知(し)っていなければ

いけません。すなわち、聖書(せいしょ)の預言(よげん)はみな、

人(ひと)の私的(してき)解釈(かいしゃく)を施(ほどこ)しては

ならない、ということです。

 

20. 먼저 알 것은 성경의 모든 예언은 사사로이 풀 것이 아니니

 

21. なぜなら、預言(よげん)は決(けっ)して人間(にんげん)の

意志(いし)によってもたらされたのではなく、聖霊(せいれい)に

動(うご)かされた人(ひと)たちが、神(かみ)からのことばを

語(かた)ったのだからです。

 

21. 예언은 언제든지 사람의 뜻으로 낸 것이 아니요 오직 성령의 감동하심을 받은 사람들이 하나님께 받아 말한 것임이라  

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