[聖詩] 영광의 주님을 항상 바라보십시오 (요한계시록 1장9절~20절) / 시,일역 : 李觀衡
[聖詩] 영광의 주님을 항상 바라보십시오 (요한계시록 1장9절~20절) / 시,일역 : 李觀衡
고난 속 작은 섬에서 주의 음성 들리니,
사망을 이기신 주님, 영광 속에 계시네.
눈은 불꽃 같고 발은 빛난 주석 같으며,
그 음성은 큰 물소리, 온 세상에 울리는도다.
오른손엔 일곱 별을 굳게 붙드신 주,
입에서 나오는 검은 진리의 날카로움이라.
그 얼굴은 해처럼 빛나니 눈이 멀 지경이라도,
그 영광 안에 있는 나는 더없이 평안하도다.
"두려워 말라" 주님 말씀, 처음이요 마지막이라,
산 자의 주님께서 죽음의 열쇠를 가지셨네.
교회 사이를 거니시며 사랑으로 돌보시고,
그 빛은 어둠 속에서도 꺼지지 않으리로다.
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栄光の主をいつも仰ぎ見ましょう
苦難のパトモスという島から主の御声が聞こえるのに
死に乗り越えた主、栄光の中に在すね。
目は、燃える炎のようであり、足は、光り輝く真鍮のようであり、
その声は大水の音のようであった。
また、右手に七つの星を持ち、
口からは鋭い両刃の剣が出ており、
顔は強く照り輝く太陽のようであった。
その栄光により、私はこの上無く平安である。
「恐れるな。わたしは、最初であり、最後であり、
生きている者である主は死とハデスとのかぎを持っているね。
教会を目配りしながら愛をもってお世話なり、
その光は暗闇の中でも消えないはずである。
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영광의 주님을 항상 바라보십시오
栄光(えいこう)の主(しゅ)をいつも仰(あお)ぎ見(み)ましょう
고난 속 작은 섬에서 주의 음성 들리니,
苦難(くなん)のパトモスという島(しま)から主(しゅ)の御声(みこえ)が聞(き)こえるのに
사망을 이기신 주님, 영광 속에 계시네.
死(し)に乗(の)り越(こ)えた主(しゅ)、栄光(えいこう)の中(なか)に在(いま)すね。
눈은 불꽃 같고 발은 빛난 주석 같으며,
目(め)は、燃(も)える炎(ほのお)のようであり、足(あし)は、光(ひか)り輝(かがや)く真鍮(しんちゅう)のようであり、
그 음성은 큰 물소리, 온 세상에 울리는도다.
その声(こえ)は大水(おおみず)の音(おと)のようであった。
오른손엔 일곱 별을 굳게 붙드신 주,
また、右手(みぎて)に七(なな)つの星(ほし)を持(も)ち、
입에서 나오는 검은 진리의 날카로움이라.
口(くち)からは鋭(するど)い両刃(りょうば)の剣(つるぎ)が出(で)ており、
그 얼굴은 해처럼 빛나니 눈이 멀 지경이라도,
顔(かお)は強(つよ)く照(て)り輝(かがや)く太陽(たいよう)のようであった。
그 영광 안에 있는 나는 더없이 평안하도다.
その栄光(えいこう)により、私(わたし)はこの上(うえ)無(な)く平安(へいあん)である。
"두려워 말라" 주님 말씀, 처음이요 마지막이라,
「恐(おそ)れるな。わたしは、最初(さいしょ)であり、最後(さいご)であり、
산 자의 주님께서 죽음의 열쇠를 가지셨네.
生(い)きている者(もの)である主(しゅ)は死(し)とハデスとのかぎを持(も)っているね。
교회 사이를 거니시며 사랑으로 돌보시고,
教会(きょうかい)を目配(めくば)りしながら愛(あい)をもってお世話(せわ)なり、
그 빛은 어둠 속에서도 꺼지지 않으리로다.
その光(ひかり)は暗闇(くらやみ)の中(なか)でも消(き)えないはずである。